| |
| 手塚さん |
私は以前ひどい腰痛を抱えていました。立っていることすらままならず、寝ても身体の置き所がなく、足はしびれて鉛のように重く、毎日痛み止めを飲んでその時だけ痛みを忘れられる、そんな状態でした。仕事をそれ以上続けることもできず辞めたものの、身動きがとれず、社会から一人取り残されたように感じ、このままどうなるのだろうと不安で一杯の日々を送っていました。しかしどういう訳か、稽古をしているときだけは腰の痛みを感じることなく、普通の人のようには行きませんでしたが、それでも動くことが出来ました。そのことは、私にとって大きな支えとなり、稽古の時は動けるのだから、あきらめないでがんばって見ようと立ち上がる力となりました。
その後、重くしびれた足を引きずるようにして武術会に通いました。時に弱気になりながらも、これでだめならもうだめだから・・・と、自分に言い聞かせて行きました。稽古をあきらめると言うことは、自分の人生をあきらめると言うことと同じくらい、あの頃の私は追いつめられていました。そんな時ある方に「継続は力なりっていうでしょう、絶対にやめちゃだめだよ、あきらめちゃだめだよ」と言われ、そうだと思い返し、また稽古に向かう日々を送っていました。
そんな私もあれから何年たったでしょうか、気がついて見ると普通に生活をし、仕事も普通に出来るまでになっていました。腰が悪かったことも、いつの間にか忘れていました・・・。今になり振り返ってみて本当に不思議に思うのは、私の不安な心と裏腹に身体はちゃんと動き、ちゃんと稽古について行っていた事でした。稽古中は足のしびれも感じないし、腰だって痛くありませんでした。ということは、私の心のあり方が身体に出ていた、私の思いと身体の動きがかみ合っていなかった、それが身体に出ていた、そんな風に思います。
いつも何かに迷い悩みながら送っていた日々の中、ただ考えているだけでは前に進むことは出来なかったと思います。行動し、身体を動かし、そして身体の声を聞き、先生のご指導の元に稽古を幾たびも重ねながら、思いと動きを一つにしようとしてきた地道な積み重ねがあったからこそ今の私があるのだと思います。先生をはじめ皆さんに、稽古を通して支えて頂きながら、小さな事の積み重ねがどれだけ大切かを私は経験し、学ばせて頂ました。継続は力なり、これからも稽古を続けながら、心と身体の動きを一つに近づけて行きたい、そう思います。 |
|
|
| |
| 風竹の武術 原田さん |
こちらの会には自分自身を見つめながら体を動かす事が出きる、どこにも無い魅力
を感じ、通い始めました。誰かと競争する訳でもなく、自分を深く見つめる勇気も養
えるし、生活全てに応用が効く体と心の使い方(捌き方)を勉強させてもらっています。
この地に生活し、少しでも心に余裕を持った豊かな生活が送れる様にと、それだけを
願って稽古を続けています。
最近の稽古は、出来ない自分発見が楽しい毎日です! |
|
|
| |
風竹の武術会員 男性
風竹の武術は、年齢、性別は関係ない。
子供から、おじさんおばさんまで、 同じ様に楽しめる。
先生が丁寧に教えてくださるので、まったくの初心者から、かなりの熟練者まで、
それぞれの段階に応じて、確実に上達することが出来ると思う。
使うのは、暴力的な力ではなく、制御された力である。この力は、スポーツで使われるものとは違う武術的なものであり、それゆえに歳をとっても上達することができると思う。体術で、先生がスッと動くと、技を受けた人がなぜかコロッと転がるのが不思議で楽しい。木剣や杖も少しずつ動ける様になってきたので、先生の速さ、美しさに少しでも追いつける様に、気楽に、気長にやっていきたい。 |
|
|
| |
風竹の武術会員 T Tさん
| 土曜の武術会に通うようになり1年以上がたちました。平日は仕事に追われ自分自身を振り返る心の余裕もなくすっかり流される生活の中、私にとって稽古に行くことは自分と向き合い、気持ちを引きしめて方向性を正すための時間にいつのまにかなっていました。そして杖術、剣術、体術等の一つ一つの技を通して、自分の動きのどこが違うのかを具体的に知りちょっとした力の入れ方,かけ方で技として働いたり働かなかったりすることの発見の数々がとても面白いです。又、そうして稽古したことが日常生活の特に人間関係の中で、より良い関係をつくるために役立ってくれています。自分を知り人を知るということを稽古を通して身をもって知り、日々の生活を楽しむ余裕が出て来ました。 |
|
|
| |
身意動放会員 K Mさん
身体動作の探究会に入会してから早いもので三年の月日が過ぎました。私は身意動放の講座で稽古をしております。とても明るい雰囲気で伸び伸びと行われています。内容は杖術の型をゆっくりと全身を使って作動する事を大気の流れに沿って体を伸ばす三つ〜五つの動き、そして二人で組んでお互いの気の流れを感じたり巡回させたりする相手に触れる動作等を毎回内容を変えて稽古します。
内容が違いますので今日は何を行うかが楽しみでもあります。老いも若きもそれぞれ自分に合わせて真剣に取り組みます。この自分に合わせて出来る所が多いに気に入り続けられるのだと思っています。そもそもこの会にご縁をいただいたのは、五年前に脳梗塞で右半身が不随になり入院、幸いにも後遺症はほとんど無く退院できましたが、右腕が上方に上げたり後に廻せず、又肩甲骨のまわりが痛みました。これを自分で少しでも治せることは出来ることはと考えていた所ある治療院でこの会のパンフレットを目にしました。早速、連絡をし見学に行きました。今まで杖術など全く知りませんでしたのでとても新鮮に映りました。
老齢に達していましたので体力的には、自信が無かったのですが自分に合わせて行えると伺いましたので入会いたしました。そして今日に至っています。お蔭様で肩甲骨の痛みも無く、腕も上方に伸び、後手も背中の中心まで届くことが出来ます。又、新しい技を教えていただく時には先生の動きを見取りで会得しなければなりませんので頭脳の活性化にも役立っていると思います。
日本古来の武術が人体の働きに心身共に深く関わっている事に感銘し自分が稽古で少しでも技を磨く努力が出来るのを、心から幸いに感じるこの頃です。 |
|
|
| |
風観の会会員 M Kさん
私は風観の会に入って今年で三年目です。この三年間で学んだこと、習ったことは数えきれないほどたくさんあります。
杖術、体術、礼の仕方、など教わったのはさまざまです。
杖術では基本の六連杖から始まり、今では相手の攻撃を去なす、動きや躱す動きも習っています。体術では立ち技と座り技の二つがあって、その中でも私が一番役立つなぁと思うのは関節技です。片手で簡単にできたりもします。
そして、体術を実際にやっていてわかったことは「力を抜く。」ということです。初めて先生に聞いたときは“力がなければできないんだ”と思っていたけどやってみると本当にそのとおりで、これは、風観の会に入ってわかったことの一つです。
その他にも受け身や、剣術もやっていて、私が習った、受け身は座転、前転、後転です。これも同じく力を抜かなければいけないのです。剣術では木剣を使って真剣に一対一でやります。私が、すべてのことで学んだのは真剣さです。
これからもずっと続けていきたいです。
風観の会に入って本当によかったと思います。 |
|
|
| |
風観の会会員 Y Sさんお母さま
集中力がついてくれたらと思い、息子が5歳のとき入会させて頂きました。
3年経ち、お稽古に真剣にとり組むようになり“集中する”ということが体でわかってきたような気がします。目に見えないものを見る力、感じる力も備わってきたと思います。親はいつもくっついて守ってやることはできませんので、危険を察知する子、直感を大切にする子に育ってくれたらいいと思っております。
お稽古のお陰で非常に右脳の開いた子です。記憶力は抜群です。 |
|
|
| |
身意動放会員 Y Oさん
細かい体の中の筋肉や細胞の仕組みは判らないながら、普段使っていないところを
意識して使って動してみるというようなことを一週間に一回金曜の午後から教えて頂いてもうかれこれ七、八年になると思います。ちょうどいきはじめは更年期ということもあって目まい、情緒不安定という不定愁訴に悩まされましたがこの頃は忘れたように元気です。この世の中に生きていくには和して同ぜずということが大切だと思いますが、同心という技はお互いの手を丸くつつみ込むように握りきつくなくゆるくなく、技となるまで単純なようで大変むずかしいものです。
しかしこのことからも毎日の生活に自然といかされていき体調も薬などにたよるのでなく、覚えこんだ体の細胞が生き生きとしてくるし地味な稽古ではありますが長く続くこつでもあるのかなぁと思っているこの頃です。 |
|
|
| |